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角館城廻村
【かくのだてしろまわりむら】


旧国名:出羽

(近世)江戸期~明治10年の村名。出羽国仙北(せんぼく)郡(寛文4年まで山本郡)のうち。秋田藩領。院内川下流の南側で,外の山(とのやま)の北東に位置する。外の山の西北部は古城(ふるしろ)山と称し,戦国期から元和6年まで戸沢氏や芦名氏の居城となった角館(かくのだて)城であり,城廻はその周辺の地に当たる。多くの遺物を包含し,羽根ケ台から昭和7年の発掘で縄文土器などが出土し,昭和10年の道路開削の時も,人骨と渡唐銭および土墳4か所が発見された。外の山の山裾には報身寺跡があり,その場所を浄土屋敷と称している。慶長8年芦名義勝が角館城に赴任した時,土豪を中心に一揆が起こり,徒党18人を刎ケ台(はねがだい)で処刑した(池田吉兵衛記録)。地名の羽根ケ台は処刑場を意味した刎ケ台によるともいう。石高は「元禄7郡絵図」で当高697石と図示。「享保黒印高帳」では村高324石余・当高307石余(うち本田266・本田並9・新田32),「寛政村附帳」では当高307石余(うち蔵分292・給分15),「天保郷帳」は366石余(城廻と本町2か村の合計石高)とある。親郷梅沢村の寄郷で,枝郷に野中・羽根台(はねがだい)・山崎の3か村を擁する。戸数は「享保郡邑記」で18軒(うち枝郷分9)。「明治2年奥北浦取調書」では当高834石余・96軒・121人・馬20頭。明治10年角館本町(もとまち)村・熊野林(くまのばやし)村・田中村と合併,小松村の小字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7020402