金沢本町
【かねざわもとまち】

旧国名:出羽
「かねざわほんまち」ともいい,単に金沢町ともいう。横手盆地の東端に位置し,南端を厨(くりや)川が西流する。後三年の役の古戦場として知られ,金沢公園は同合戦の拠点であった金沢柵の擬定地として有名。同公園の高峻な地形は江戸期に入るまで戦略的な要地として利用された。金沢八幡神社は後三年の役に戦勝した源義家が石清水八幡宮を勧請し,寛治7年藤原清衡に建立させたもの。同社は大般若波羅密多経488巻のほか,閑居長根(かんきよながね)・鳥井長根(とりいながね)経塚など当地周辺で発掘された。
【金沢本町村(中世)】 戦国期に見える村名。
【金沢本町村(近世)】 江戸期~明治23年の村名。
【金沢本町(近代)】 明治23年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7020521 |





