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綴子神社
【つづれこじんじゃ】


北秋田郡鷹巣(たかのす)町綴子鎮座。祭神は八幡山大神ほか16柱。もとは当山派修験の神宮寺家がまつった神仏習合の八幡大菩薩。綴子が斉明紀に見える阿倍比羅夫北航時に名を表す肉入籠(ししりこ)に当たるとの俚伝を伴う古い土地柄。近世前期宮野尹賢という堀河学派の古義学者がおり,広く郷党を指導したが,この門下に神宮寺家の修験般若院英泉という学徳秀でた人物があり,内館塾を経営,隆盛に赴かせ明治まで学統を伝えた。八幡宮の社運も栄えたが,明治6年この八幡は神仏分離によって八幡神社となり,同43年近傍15社を合わせて綴子神社と称するに至った。旧暦6月14・15の例祭日は現在7月14・15日になっているが,五穀豊穣を祈願する大名出陣行列・獅子踊・大太鼓などの行事がある。出陣行列は上町が徳川方,下町が豊臣方で激しい先陣争いをした。圧巻は大太鼓で,灌漑用水の比較的少ない土地柄のため,雨乞いに雷鳴を模した大太鼓の響きを天にとどろかしたのに始まるという。上町・下町競争で大太鼓を作り,上下両側から12人で打つ直径3mもある大太鼓を日本一と誇ってきた。近年弘前の「じょっぱり太鼓」に王座を奪われたが,昭和50年7月上町が3.11mの大物を作り,翌年下町は3.18mのものを作った。翌52年5月五所川原市に3.3mの超大物が出現し,首位を失うと,同年7月当方は直径3.46m・長さ3.96m・重さ2tの大太鼓を作った。「日本一大太鼓祭」はこれに中太鼓・小太鼓を従えた大行列で綴子神社を中心にした町民の心意気を示している。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7021916