十和田湖
【とわだこ】

十輪田とも書き,十湾ともいう(地名辞書)。県北東隅,鹿角(かづの)郡小坂町と青森県十和田町にまたがる湖。八甲田(はつこうだ)火山群の南にあり,湖面標高400m・最大深度326.8m・面積59.8km(^2)・湖岸線44km。典型的な二重カルデラで,十和田火山の最初の活動期の噴火で陥没し,十和田湖の輪郭ができ,次の活動期には中央火口丘の中心が陥没し,中湖(なかのうみ)がつくられた。湖の中央部に向かって,南岸から突き出した2つの半島,西側の中山半島,東側の御倉山(おぐらやま)半島があり,内湖(うちのうみ)(西湖)・中湖・外湖(東湖)に分けられる。中湖に臨む半島の内側は,急崖をなしており,中央火口壁の火口底に当たり,最深部がある。湖名の由来を「十渡(とわたり)の湖」ともいい(地名語源辞典),「地名辞書」には「汀線曲折出入して,俗に十湾の説さえあれど」とある。周囲は混合林の原生林におおわれた外輪山で,紺碧の水とよく調和し,昭和11年国立公園に指定された。特に新緑と紅葉はすばらしい。十和田神社は南部藩の修験者のこもる霊場として,信仰の対象であった。明治期に入り十輪田・鉛山(なまりやま)両鉱山が開発された。当湖には魚貝類が生息しなかったが,十輪田鉱山の技師として着任した和井内貞行は,明治35年北海道支笏(しこつ)湖原産のカパチェッポ(ヒメマスの一種)の卵を取り寄せ,人工孵化による養魚経営に着手,現在十和田湖漁業組合に受け継がれている。農業開拓は休屋(やすみや)付近に,花輪(はなわ)の栗山新兵衛が鍬を入れたのに始まる。観光施設として,昭和30年頃から桟橋・宿泊施設・展望台・駐車場・休憩所が整備され,同47年には湖岸一周道路が完成。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7022114 |





