金山
【かねやま】

旧国名:出羽
兼山とも書く。最上地方,金山川の中流域に位置し,中央を羽州街道が通る。地名は,地内に金銀の鉱山が多かったことに由来するという。地内には縄文時代の本町遺跡がある。当地の地名は現存する中世の文書・記録などには見えないが,江戸中期の成立にかかる「奥羽永慶軍記」(集覧8)の天正14年5月有屋峠の合戦の条に「最上金山ノ城主丹ノ与三左衛門尉是ヲ聞飛脚ヲ以山形へ注進ス」とある。丹与惣左衛門(与三左衛門ともいう)は,天正16年と推定される2月16日付の庭月和泉守宛最上義光書状写(楓軒文書纂/県史15上)に「丹与三」とある人物で,当地ははじめ鮭延(さけのぶ)城(現真室川町)に拠った鮭延氏の支配下にあったが,天正9年最上義光が鮭延城を攻めてからは,最上氏家臣丹与惣左衛門が金山城を築いて支配した(増訂最上郡史)。金山城は集落の裏手にあり,元和8年最上氏改易とともに取り壊されたが,その規模は本丸が13間四方,中段東西50間・南北40間であった(増訂最上郡史)。文禄3年最上氏が再び秋田仙北に侵入した時,および慶長5年の関ケ原の合戦の際には,丹与三左衛門が金山城を守ったことが「奥羽永慶軍記」に記されているが,その晩年は明らかでなく一説には羽黒山に隠棲したともいわれる(慶長羽陽軍記/増訂最上郡史)。
【金山宿(近世)】 江戸期~明治9年の宿名。
【金山町村(近代)】 明治9~22年の村名。
【金山村(近代)】 明治22年~大正14年の最上郡の自治体名。
【金山町(近代)】 大正14年~現在の最上郡の自治体名。
【金山(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7024413 |





