100辞書・辞典一括検索

JLogos

53

北村山郡
【きたむらやまぐん】


(近代)明治11年~現在の山形県の郡名。郡区町村編制法施行に伴い,江戸期の村山郡が北村山郡・南村山郡・西村山郡・東村山郡に分割されて成立。成立当時は106か村,戸数1万1,370・人口6万8,754(地誌提要)。山形県旧2大区小8区,3大区小1~6区に当たる。現在の天童市の一部・東根(ひがしね)市・村山市・尾花沢(おばなざわ)市・大石田町の全域に相当。郡役所は楯岡(たておか)村(現村山市)に置かれ,初代郡長は茨城県出身の中山高明。明治13年白水村,同20年東根村・大石田村が成立。明治22年の市制町村制施行により,楯岡・西郷・大倉・袖崎・東根・東郷・高崎・大富・小田島・長瀞・大久保・富本・戸沢・大高根・大石田・亀井田・福原・尾花沢・宮沢・玉野・常盤・山口・田麦野の23か村となった。郡内諸村の統合は極めて円滑に行われ,その後明治34年に大高根村から横山村が分離。明治25年楯岡村,同29年東根村,同30年大石田村・尾花沢村にそれぞれ町制が施行された。昭和29年,楯岡町・西郷村・大倉村・大久保村・富本村・戸沢村の1町5か村が合併して村山市が成立し,その後袖崎村・大高根村および大石田町の一部を編入して,当郡から分離した。同年東根町・東郷村・高崎村・大富村・小田島村・長瀞村の1町5か村が合併して東根町となり,同33年市制施行により,当郡から分離。また昭和29年には尾花沢町・福原村・玉野村・宮沢村・常盤村の1町4か村が合併して尾花沢町となり,翌年村山市の一部を編入して,同34年市制施行された。現在の北村山郡は大石田町1町となる。戸数・人口は,明治33年1万3,280・9万2,744,同42年1万2,594・9万7,526。世帯・人口は,大正9年1万5,606・9万3,232,昭和10年1万7,574・11万168,同25年2万2,274・14万1,767,同35年2,557・1万4,250,同50年2,449・1万952。かつて最上川の舟運で栄え多数の商人・地主を輩出した大石田は1年のうち4か月が雪に埋もれるという多雪地帯で,現在では農業を基盤とする地方都市と化しており,地域の振興が深刻な課題となっている。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7024756