銀町②
【ぎんまち】

旧国名:出羽
(近世~近代)江戸期~昭和45年の町名。銀子町とも称した。明治17年から一時期山形を冠称。江戸期は山形城下のうち。最上義光の城下町割り以来の職人町の1つ。十日町の東裏通り,南は蝋燭(あかし)町,北は塗師(ぬりし)町,東は小姓町に接する。寛永13年の領地目録(家世実紀)には銀子町とあり,高は「小姓町裏間共」で161石余。「寛文印知集」には銀子町村と見える。「山形故実録」には「銀町金具師御鷹之御もとをり御用次第ニ赤がねにて仕上申候」とあり,そのため人足役が免除されていた。元禄年間の屋敷数35(うち検断・組頭・小走無役6,百姓屋敷年貢地2,役屋敷28),家主31,借屋・店借6,人数182,高141石余,田4町5反・畑8反余,百姓9,塗師町と共同で勤める自身番所・辻番所各1(山形城下新古銘細記/山形市史資料40)。「松の木枕」(山形経済志料)には「刀脇差目貫縁,柄頭鍔金銀細工望次第。亦柄巻鞘師惣而腰物一通り御好み次第」とあり,江戸中期以降,金銀銅細工物で繁盛した。天保13年の村山石高帳および「旧高旧領」の高161石余。明治5年一部が小姓町の一部となる。明治11年の一覧全図では,反別8町4反余,戸数35・人口154。同22年山形市の町名となる。昭和11年耕地整理事業実施により一部が東原町の一部となる。同26年の世帯70・人口327。同38年から同42年にかけての住居表示実施により一部が十日町1~4丁目・春日町などの各一部となる。昭和45年の土地改良事業により残余は沖町・梅野木前の各一部となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7024834 |





