100辞書・辞典一括検索

JLogos

63

豊浦村
【とようらむら】


(近代)明治22年~昭和30年の西田川郡の自治体名。庄内地方,西は日本海に面して位置する。海岸線は単調で大字由良・小波渡・堅苔沢(かたのりざわ)に漁業基地が点在し,地勢は山地が多く,降矢川の流域にわずかに平野が開け米作農業が営まれる。三瀬・由良・小波渡・堅苔沢の4か村が合併して成立。大字は旧村名を継承。役場を大字三瀬に設置。村名は,広い緑の森林と黄金なす田圃と豊かな漁場の大海原に恵まれ,「村一同豊かに住み得る浦」であることから名付けられたという(郷土豊浦)。明治42年の戸数592・人口4,750。世帯・人口は,大正9年964・5,869,昭和10年912・4,651,同25年1,223・6,799。明治30年大字三瀬の三瀬尋常小学校に高等科がおかれ,三瀬尋常高等小学校と改称,同34年由良尋常小学校が由良分教場となり,同41年小波渡・堅苔沢両学区を統合,小堅(こがた)尋常小学校開設。大正11年三瀬尋常高等小学校を豊浦第一尋常高等小学校,小堅尋常小学校を豊浦第二尋常小学校と改称,同12年さらに両校を統合した豊浦尋常小学校が大字三瀬に置かれ,昭和16年同校は豊浦村国民学校と改称,大字由良・堅苔沢にその分教場を設置した。同22年三瀬小学校・小堅小学校を開設。同24年には由良小学校が独立校となった。温海街道は矢引峠・笠取峠などの難所が多かったが,明治22年大改修に着工,同25年車輌の運行ができる道路を完成。同43年の戸数549・人口4,587,田195町余・畑77町余・宅地24町余・山林900町余・原野568町余,製糸戸数25(西田川郡統計表)。大正11年三瀬駅開業,同13年国鉄羽越線全通,鉄道の開通は地域産業に大きな影響を与えた。昭和22年の職業別戸数は,農業316・水産業350・鉱業22・工業73・商業182・交通業7・公務自由業108・その他174,計1,232。同年の職業別人口は,自業857(男200・女657)・林業64(男58・女6)・水産業394(男382・女12)・鉱業184(男131・女53)・建設工167(男143・女24)・製造工225(男161・女64)・商業124(男23・女101)・金融業2(女2)・運輸通信業112(男90・女22)・サービス業40(男9・女31)・自由業51(男25・女26)・公務団体業94(男66・女28)・その他の産業11(男6・女5),計2,325(男1,294・女1,031)。女子商業従事者の中には生魚その他の海産物を行商する者が多く,販路は汽車便を利用し鶴岡・酒田・寒川・早川方面に及んだ。同29年の水稲作付面積1,693反,収穫高3,600石,家畜飼育戸数と頭数は,馬(24・25),乳牛(12・22),役牛(110・137),豚(8・13),山羊(14・14),緬羊(96・145),鶏(95・2,500)。漁協販売所別漁獲高は,三瀬3万6,021貫・由良46万4,031貫・小波渡9万8,737貫・堅苔沢14万5,825貫,計74万4,614貫。出稼ぎ者が多く,出稼ぎ先と大字別人数は,北海道鰊漁業(三瀬1・由良5・小波渡91・堅苔沢16,計113),北海道農業(三瀬16・由良30・小波渡6,計52),北海道方面大工左官(三瀬187・由良38・小波渡48・堅苔沢74,計347),北海道・福島県漁業(三瀬8・由良55・小波渡12・堅苔沢5,計80)。出稼ぎ者数の合計は,三瀬212・由良128・小波渡157・堅苔沢95,総計592(郷土豊浦)。昭和30年7月加茂町ほか2か村とともに鶴岡市に編入。各大字は同市の大字として存続。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7026484