本合海
【もとあいかい】

旧国名:出羽
元合海とも書いた。最上地方,最上川中流沿岸に位置し,河岸に集落が立地する。当地はもとは合海と称したが,戦国末期に清水氏が当地の人家の一部を清水(現大蔵村大字清水)付近に移して合海(現大蔵村大字合海)と称したため,当地は本合海と改めたという。地名は,最上川に新田川が合流する地点に位置することによるという(増訂最上郡史)。「義経記」(古典大系)に見える「あひかはの津」は当地に比定され,古くから最上川の津港として栄え舟運の要所であったものと思われる。また「奥羽永慶軍記」には「去程ニ(鮭延)典膳ハ其夜ノ中ニ合海ノ津ヨリ船ニノリ,庄内ニソ落行ケル」とある。地内の最上川断崖上には戦国期の楯跡がある。楯主ははじめ合貝志摩守という土豪であったが,文明8年清水氏に滅ぼされ,以後家臣木戸周防が住したという。なお昭和8年架橋の改築工事の際,約15kgの古銭(唐銭・宋銭など)が発見されており,中世における津港としての当地の繁栄を物語るものと思われる。
【本合海町村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【本合海(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7027890 |





