山形
【やまがた】

旧国名:出羽
村山地方,山形盆地東南部の馬見ケ崎(まみがさき)川沿岸に位置する。地名は,野方・里方に対する山方の当て字とする説,山県(ヤマアガタ)からの転化とする説などがある。延文元年8月北朝方の勢力を拡大するため斯波兼頼が当地に入部した。その後斯波氏は最上氏を称し,羽州探題として当地方を支配した。その間,文明2年3月31日の朴堂良淳覚書(竜門寺文書/県史15上)によれば,最上氏6代最上義秋が父義春の菩提を弔うため竜門寺を創建し,明応5年5月5日に記された松蔵寺幹縁疏(県史15下)によれば,最上満氏が伊達成宗の家臣桑折宗利の訴えにより松蔵寺に10貫文の田地を寄進している。しかし最上氏は永正11年2月伊達稙宗に長谷堂(現山形市)で大敗するなど,永正~大永年間には伊達氏の勢力下に置かれていたようである。その後元亀2年に最上氏の家督を相続した最上義光は,一説には天正12年に一族の天童氏を討滅して最上領国を統一し,最上・村山両郡を支配下に収めたという。その後天正18年には豊臣秀吉の奥羽仕置によって最上・村山両郡を安堵されている。
【山形(中世)】 室町期から見える地名。
【山形(近世)】 江戸期の城下町名。
【山形市(近代)】 明治22年~現在の自治体名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7028032 |





