稲田
【いなだ】

旧国名:常陸
中丸川支流の大川上流域と新川上流域に位置する。地名は,「家系本末鈔」によると,はじめ鹿島の名をとって鹿志村と称したが,その後稲田村と改めたという。また大川水系のやや開けた当地の水田が,他と比べとりわけよく実る美田であったことによるという(勝田市史)。昭和37年頃まで13基の大小の古墳からなる老ノ塚古墳群が所在したが,現存する古墳は8基。文禄4年7月16日の中務大輔当知行目録写に「一,八十八石六斗五升九合仁夕〈いな田・上たかは・下たかは〉」と見える(佐竹義秀文書/家蔵文書)。
【稲田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【稲田(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7035541 |





