高野
【こうや】

旧国名:常陸
新川下流域,および中丸川支流の大川上流域に位置する。地名に関しては,弘法大師にちなんだ高野山の四十七谷伝説などがある。北部の旧真崎浦を臨む台地には,小貫山遺跡・神田貝塚など先土器時代~奈良・平安期の遺跡がある。中世の館跡は字富士山に清水館跡,字荒谷に清水館西の郭跡がある。明応年間は清水伯耆守成次,慶長末期頃からは伯耆守の子,源衛門正仍が居館。白旗八幡神社境内に祀られている石尊様(阿夫利神社)の祭り(5月1日)が昭和20年代頃まで行われていた。仁平元年4月8日の常陸国留守所下文写に「可早任 御庁宣旨,令領知武田荒野事」と見え,武田の荒野をめぐり鹿島社の中臣則親と常陸大掾氏の流れをくむ吉田郡司の間で開発・支配をめぐる相論が起こっている(吉田神社文書/県史料中世Ⅱ)。建久6年3月20日の吉田社領家小槻某預所三善清信下文写によれば,吉田社領「荒野壱町」の開発が命ぜられており(同前),人家のない草木の生い茂った野原,荒れ野を意味する荒野が,開発されたのちもそのまま地名となったと推測される。坪名の小貫山・原などはその名残。
【かうや(中世)】 戦国期に見える地名。
【高野村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【高野(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7037012 |





