保内郷
【ほないごう】

県北部の広域地名。大子(だいご)地方(久慈郡大子町)をいう。古代には陸奥国白河郡依上(よりがみ)郷であったが,平安後期に国衙領の地域的行政単位としての保となり,中世には依上保と称され,戦国期には保内ともよばれた。永正7年佐竹氏の支配下に置かれ,文禄の太閤検地により常陸国久慈郡に編入された。江戸期は久慈郡のうち。東部の男体山地の白木山・高崎山の山腹には,文字を知らない民のために貢納には記号を用いためくら帳を利用したという。安寺・持方の隠田集落がある。「水府志料」によれば当郷に属する村は,当時の大子組42か村のうち栃原村・大沢村・塩沢新田村・頃藤村・西金村・富根村・下小川村を除く大子村・槐沢新田(さいかちざわしんでん)・上沢村・高岡村・山田村・塙村・芦野倉村・開田村・相川村・相川村内古新田村・上金沢村・左貫村・初原村・槇野地村・浅川村・冥賀村・川山村・中谷田村・下谷田村・三ケ草村・池田村・北田気村・南田気村・下津原村・久能瀬村・袋田村・大生瀬村・大野村・下野宮村・田野草村・沢又村・町附村・中郷村・上郷村・上野宮村の35か村と小菅組の小生瀬村・高柴村の2か村を加えた水戸藩領37か村で,一説には下野(しもつけ)国須賀川村をも含むという。この地域は,西部を八溝山塊,東部を久慈山地が南北に縦走し,隔絶的環境を形成する。中央部を南流する久慈川が浸食谷をつくり,河岸段丘が発達する。同川と押川の合流点付近には保内郷の中心となる大子盆地が発達し,東部には生瀬盆地がある。久慈川に沿って関東と奥州を結ぶ南郷街道が通り,大子盆地で下野地方に通じる烏山街道と交わる。古くから金の採掘で知られ,承和3年遣唐使の資金として砂金を採った八溝山,また西金・盛金・上金沢・下金沢など金のつく地名が多く,佐竹氏時代は最盛期であった。塩沢(上小川)・舟生・金山(袋田)金鉱などは昭和30年代にも採掘していた。山岳地のため江戸期から久慈駒の産地として知られ,馬市が開かれていたが,現在は肉用牛(黒牛)の飼育が盛んで常陸牛として出荷される。佐原・黒沢・中郷地区を中心に砂礫質の排水のよい山麓斜面や河岸段丘面では茶の栽培が盛んで,保内郷銘茶または奥久慈茶として知られる。特に宇治製法を導入してから盛んになった。またコンニャク栽培も古くから盛んで,江戸期はコンニャク会所を袋田に設け,他領への移出は水戸藩が独占した。以前は京浜への薪炭の供給地でもあった。また和紙原料の楮の栽培も盛んであった。現在過疎化現象がみられるが,観光面では,袋田の滝・袋田温泉・奥久慈渓谷などがあり,奥久慈県立自然公園に指定されている。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7039634 |





