堀口
【ほりぐち】

旧国名:常陸
那珂川下流域に位置する。地名は早戸川の水を堀口側まで引き,那珂川北岸を開田しようとした「ムナセ堀」の掘り口であったことによる(勝田市史)。堀口遺跡など弥生後期~奈良・平安期の遺跡がある。「里」と書かれた墨書土器は同遺跡の出土遺物。吉田広幹の八男盛家(堀口八郎)の館跡があったが現存しない。年月日未詳の常陸大掾伝記断簡写に「堀口……等ハ吉田ノ一族也」と見える(吉田神社文書/県史料中世Ⅱ)。文禄4年7月16日の中務大輔当知行目録写に「一,百卅石七斗三升 ほり口」と見える(佐竹義秀文書/家蔵文書)。
【堀口村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【堀口(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7039642 |





