守谷
【もりや】

旧国名:下総
利根川中流左岸の丘陵地に位置する。地名は大化改新以前に大連物部守屋の私田があったことに由来するとも,平安末期に相馬御厨の守舎(もりや)が当地に設置されたことに由来するともいう。縄文時代の郷州C遺跡,古墳時代の守谷遺跡,清水古墳群がある。下総国守谷里牛頭天王社神鏡銘に「下総国守谷郷牛頭天王守護所,大同元年丙戌九月廿一日神主吉信」と見えるが,偽銘と思われる(平安遺文)。
【守屋(中世)】 鎌倉期から見える地名。
【守谷町(近世)】 江戸期~明治22年の町名。
【守谷町(近代)】 明治22年~現在の北相馬郡の自治体名。
【守谷(近代)】 明治22年~現在の守谷町の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7040070 |





