上南摩
【かみなんま】

旧国名:下野
南摩川上流の山間地に位置する。滝の沢には竜蓋山城跡があり,南摩備前守の居城であったと伝えられている。広厳寺に最後の城主綱善の墓がある。上の御城・下の御城から成る南摩城跡がある(県の中世城館跡)。慶長17年8月21日の関東八州真言宗諸寺連判留書案に「〈下野同郡(郷カ)上南摩八月廿一日午刻〉宝城寺」と見え,当地の宝城寺も同年8月21日に署名している(醍醐寺文書/県史中世4)。また,年月日未詳の報恩院末寺帳によれば,宝城寺は醍醐寺報恩院の末寺であった(同前)。
【上南摩村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【上南摩(近代)】 明治22年~昭和30年の南摩村の大字名。
【上南摩町(近代)】 昭和30年~現在の鹿沼市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7041407 |





