文挟
【ふばさみ】

旧国名:下野
井沼川流域に位置し,同川に並行して市の堀用水が流れる。江戸期にまとめられた「氏家宿古記録集」や「氏家記録伝」などによれば,当地は中世に「氏家二十四郷」の1つであったという(氏家町史)。中世に当地は氏家郡内の郷村の1つで,氏家氏・宇都宮氏の支配下にあったと考えられる。「今宮祭祀録」によれば,今宮神社の祭礼に際し,文挟郷からは応永15年・享徳元年に高根沢六郎・高根沢宗衛門尉が頭役を勤仕したという(西導寺蔵/宇都宮市史)。
【文挟村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【文挟(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7043572 |





