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阿左美
【あざみ】


旧国名:上野

阿佐美・阿佐見とも書いた。また古くは浅海・淡甘とも書いたと伝わる。大間々扇状地の東肩扇頂,岩宿面に位置する。北西に稲荷山・琴平山があり,南東に八王子山系に連なる荒神山がある。北東部に人造の阿左美東貯水池と,古くからの阿左美沼が東西に並んでいる。阿左美沼は周囲20町28間で,水深は浅く,七つ井戸と呼ばれる湧水口がある。水の源泉は,赤城山からの伏流水8割と,鹿田山および地内の雨水による地下湧水2割と調査されている(笠懸村誌)。沼からの水は,荒神山に沿って西に広がり,北・仲・元屋敷・宮久保地内の水田を古くから潤している。奈良期には「淡甘」と記し,「アワマ」「アサマ」と称していたのが,のち「アサミ」「アザミ」に転じたものと考えられているが未詳。「アサマ」の「アサ」は浅い所を,「マ」は沼を意味し,平安後期になり阿佐美・阿左見・浅見と書くようになったものと伝える(笠懸村誌)。なお沼の南端の八幡宮は「浅海八幡宮」として祀られている。北部の稲荷山の山麓に,人類の生存学説を変える発端となった黒曜石の旧石器が相沢忠洋によって発見された岩宿遺跡があり,昭和54年国史跡に指定された。また昭和29年東武鉄道桐生線阿左美駅拡張の際発見された2か所の縄文時代住居跡も県史跡となっている。その後の発掘でこの一帯から多数の石器・土器が出土し,遺跡の範囲は広く,駅の南東および東側にも食物の貯蔵庫と思われる土壙群が100基以上も発見されている。また昭和57年の発掘調査の際,元屋敷地内において古代のものと推定される居館の遺構が発見され,付近からは平安期とみられる須恵器や,鎌倉期の青磁の破片が出土した。琴平山山麓から,8世期前半に上野国分寺建立の際,国分寺の屋根瓦を焼いた窯跡がある。瓦の供給先は国分寺のほか,新田郡内の寺井・杉塚・釣堂,渋川市の有馬遺跡に搬出している。長寿院南方にあった阿弥陀堂付近から嘉暦2年の年紀を有する板碑が出土している。
阿佐美郷(中世)】 室町期に見える郷名。
阿佐美村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
阿左美(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7044330