市城
【いちしろ】

旧国名:上野
吾妻(あがつま)川中流左岸と青山山系に挟まれた河岸段丘に位置する。「延喜式」の上野九牧の1つ市城牧があったと推定される。天暦元年8月白波という名馬を産し,朝廷に貢上し,この馬が月毛であったため一白という地名を賜わったといい伝えられている。白鳥神社があるが,古くは白頭馬神社といった(神道集)。各所に牧に関係する地名,マセ・月毛耕地・馬生・尾牧・木戸場などがあり,シシドセと称する石塁もある。地内に古墳11基があり,応永21年の銘の宝塔1基がある。南北朝期頃里見氏の分流中沢氏が土着し開拓したといわれる。地内中央にある不動尊跡は,正中年間に中沢重宗が建立したという。なお,永禄11年5月11日の武田家朱印状写(折田文書/県史資料編7)では,蓑輪合戦の勲功の賞として「吾妻郡之内,於横尾平百貫文,於市城・青山之内五拾貫文,合百五拾貫文之所,被出置也」と見え,折田豊後守に当地などの所領が宛行われているが,この文書は研究の余地がある。
【市城村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【市城(近代)】 明治22年~現在の中之条町の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7044494 |





