太田
【おおた】

旧国名:上野
金山丘陵とその南麓の低台地に位置する。享保5年の「義重山風土聞録」に「当所之良田也,田之大也。故名太田」とある。金山丘陵南半部山麓斜面には小円墳の群集墳が分布し,北半部山麓斜面には生産遺跡が多数分布する。北東部には金井口埴輪窯跡や7~8世紀の須恵器窯跡7基,同未操業6基,9世紀以降の製鉄炉跡3基などを出土した菅ノ沢遺跡がある。金山山頂部には文明元年築城の国史跡金山城跡,金山南麓には応永年間開山と伝える金竜寺があり,境内に横瀬(由良)氏一族の五輪塔や新田義貞供養塔があり,ともに市文化財に指定されている。この南の浄土宗義重山大光院新日寺は,慶長18年徳川家康が始祖とする新田義重を追善して建立した。
【大田郷(中世)】 鎌倉期~室町期に見える郷名。
【太田町(近世)】 江戸期~明治22年の町名。
【太田町(近代)】 明治22年~昭和23年の新田郡の自治体名。
【太田市(近代)】 昭和23年~現在の自治体名。
【太田(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7044737 |





