小此木
【おこのぎ】

旧国名:上野
利根川支流広瀬川下流域の平坦地に位置する。当地には当地を名字とする小此木氏がおり,元亨年間頃には小此木彦次郎盛光,天文年間頃には小此木左衛門尉長光というものがいたという(上野国志)。天文年間頃までは隣村の島村・中島村・境町を合わせて1村を成していた(伊勢崎風土記)。弘長年間の「念仏往生伝」第48に「小杉〈柴〉新左衛門国頼」の名があり,「コウヌキ也」との傍注がある(県史資料編6)。文和年間円通閣を焼失した。南北朝期の石造物・板碑を出土する。応永15年の銘の宝篋印塔があり,福寿院木彫仏像は室町期の作である。この頃村の南を利根川が流れ,激水突処の三条を上小谷・中小谷・下小谷といい,現在もその名を残している。
【小此木(中世)】 室町期に見える地名。
【小此木村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【小此木(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7044829 |





