100辞書・辞典一括検索

JLogos

49

追貝
【おっかい】


旧国名:上野

海皇山西麓に位置し,北を泙川,西を片品川,南を栗原川が流れる。地名の由来については諸説がある。赤城の神と二荒の神とが神争いの時,赤城の神は負傷して退いたが,傷をなおした後,当地で二荒の神を下野(しもつけ)国に追い返したことにより「追い返しの地」から追返,追貝になったとも,古くは小海(こかい)村と称されていたのが,追貝に転じたとも,付近に吹割の滝があり片品川渓谷の一部が落ちこんだように見えるところから落峡(おつかい)に追貝の字をあてたとも,往古当地は黒木谷,片品川は谷川と称していたが,推古天皇の時代に利根の海が洪水のため破壊されて以後,片品川の東を大谷,西を小谷といい,大谷が追貝になったともいう(利根村誌)。字森山には縄文時代の遺物包蔵地や鷹の巣塚がある。治承4年高倉宮以仁王が足をとめられた所を御座,さらにその北方の国土坂を馬放坂という。浮島観音堂は文明年間の建立で,如意輪観音は左甚五郎作と伝える。正平23年南北朝の戦いで新田義宗敗死後,その奥方と子が奥州へ落ちていく時雪が降り,その足跡を隠し追手の迫るのを防いだという伝承にちなんだ足跡隠しの祭りが,毎年豊作を感謝するとともに12月1日に行われている。至徳年間白鞍伊伯入道が当地に来たと伝え,栗原に移住,その地を屋敷平・堂平という。字原開戸には阿弥陀堂跡,室町後期の五輪塔・宝篋印塔がある。天文16年に勧請された御座諏訪神社は鎌を社宝とし,字森山の山妻大明神境内には樹齢600年の妻有桜がある(同前)。
追貝村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
追貝(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7044843