上丹生
【かみにう】

旧国名:上野
大桁(おおげた)山の北東麓に位置する。字鳴沢より発する丹生川は東南流し,字下田で大字下丹生に入る。主要道路は東南の大字下丹生から村の中央を東北に走り大字下高田に達し,また字駒寄で西に折れて大字原に入る。大桁山中腹部の字和田に縄文前期土器片の分布地があり,また約10基の古墳がある。「和名抄」甘楽(かんら)郡十三郷の1つ丹生郷はこの上丹生・下丹生一帯と推定される。字新井の山中に丹生山城跡がある。金乗寺南の山に本丸を中心にヒトデ型に出た7つの尾根に築かれており,本丸は標高270m・比高60mの丘上にあり,本丸の東~南に堀を巡らす。その堀跡に三日月石がある。「上州故城塁記」に「新田四郎義重は義貞の末弟なり。留り新田にあり。中先代蜂起の時(北条)時行と上州に戦ふ。大平記に見えたり。其後(足利)直義義重と功ありとして甘羅郡を与ふ。相続して丹生山に住す」とある。また応永32年鎌倉公方持氏が岩松伊予守満長に丹生郷を与え,満長の地頭代成次が当地に来たともいう。
【上丹生村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【上丹生(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7045066 |





