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上間仁田
【かみまにた】


旧国名:上野

碓氷(うすい)川右岸の南方に東西に長く広がる台地を古くから横野といい,この台地上に位置する。台地の北部分を上間仁田,南部分を下間仁田と称する。古くは蒔田といい,牧田すなわち牧の公田ではないか(安中志略)という。伝説によれば古くは鰻荷田・間荷田とも書き,享保年間から間仁田に改めたのだという(東横野村誌)。なお,真仁田は戦国期から見え,永禄6年5月10日の北条氏康・氏政連署知行充行状(安保文書/県史資料編7)に「上州河北根本足利領内」として「真仁田」と見え,安保晴泰・同泰通に宛行われている。天正8年と推定される辰7月2日の長井政実判物(飯塚文書/同前)には「四貫文□〈はき平〉真仁田分」と見え,飯塚六左衛門尉に預け置かれている。
上間仁田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
上間仁田(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7045100