川端
【かわばた】

旧国名:上野
天文年間までの古利根川の川端で集落は古利根川左岸の段丘崖の下の氾濫原に発達した。そこは崖の湧水利用や冬の寒風を避ける好適地である。西側を桃ノ木川が流れ,北部には赤城山から流下する細ケ沢川が南流し桃ノ木川に合流する。東方にはやはり赤城山から流下する庚申川があって,たびたび水害を受けていた。古くは南方の日輪寺と同じ村であったが,戦国期の永禄年間に日輪寺村を分村したという。地形・土壌・水利に恵まれた地。元亀2年成立と伝える日輪寺縁起(県史料集8)に「抑当山縁起の由来は……神亀三丙寅載三月中旬川端村朝日窪池の面漣の中より旭に映し金色の光を放事連日なり」とある。
【川端村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【川端(近代)】 明治22年~昭和29年の南橘村の大字名。
【川端町(近代)】 昭和29年~現在の前橋市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7045151 |





