草津
【くさつ】

旧国名:上野
草津白根山東南山麓湯川源泉に位置する。栗生・湯久保・三幌地区から縄文時代の土器が出土し,草津白根山火口湖の湯釜からは保延4年頃のものと推定される笹塔婆が大量に発見された。地名の由来は,強酸性の温泉で硫化水素臭が強いことから,くさい水の意で,「くさみず」「くそうず」といったことによる。文明・延徳年間頃は草津と書かれ,天文・慶長年間頃は草生津・くさは津・九相津・久佐津・九草津などと書かれていたが,江戸期からは草津と一定している。「くさづ」と読んでいたが,現在は、「くさつ」と読む(草津温泉資料・草津温泉誌)。草津温泉の発見の歴史は古く,地内御座石に関する伝承によれば,日本武尊が白根山に登って湯煙の立つ谷間に温泉を発見し,腰かけた石とも,源頼朝が浅間山での狩りの時に温泉を発見して腰かけた石ともいう。なお御座石のある湯を御座の湯と呼び,三原三十四番霊場巡り第20番札所となっている。その後,天正15年には近衛竜山が入湯し,地内真言宗草津山光泉寺へ和歌10首を残し,次いで同16年豊臣秀吉の妹朝日,同17年豊臣秀次が入湯。文禄4年には豊臣秀吉が入湯のため触書を出すなど,次第に薬効が世に知られていき,江戸期に入ると,相撲番付になぞらえた温泉番付で,西の大関有馬温泉に対抗する東の大関の地位を占めるに至っている。
【草津(中世)】 戦国期に見える地名。
【草津村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【草津村(近代)】 明治22~33年の吾妻郡の自治体名。
【草津町(近代)】 明治33年~現在の吾妻郡の自治体名。
【草津(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7045259 |





