後賀
【ごか】

旧国名:上野
古くは後ケ・後加・後箇とも書いた。鏑(かぶら)川支流星川下流右岸に位置し,南東部で鏑川に合流。遺跡は星川が鏑川に流れ込む西側一帯にかけての台地・傾斜地に後賀遺跡があり,縄文・古墳時代の遺物が広く分布する。また字土橋に通称小町塚という古墳があったが,墳丘はすでに破壊されている。村の南,塩畑堂の鏑川に架かる橋のたもとにある塩薬師堂は瑠璃光殿ともいう。小野小町が病にかかり,薬師像をここに安置し,塩俵を納めて恢復を祈ったという。境内の石碑の表には「南無薬師まずは諸願の叶はずば身より仏の名こそ惜しけれ」「むらさめは唯一時のものぞかしおのが身のかさここにぬぎおけ」と,ほかの小町伝説のある村にあるのと同様の歌が刻まれ,裏面に「上野甘良郡小幡谷奥平里後賀村塚本忠右衛門 文政十三年寅二月再興」と記される。堂の傍らには「塩の井戸」という井戸があり,鹹味のある水が湧出した。西北部にある「小町の化粧井」は,いかなる旱天にも洞れたことがないといわれる。また白岩との境付近の小町の庵室があったと伝える所に,得成寺の前身といわれた普済寺があったが,今はない。
【後賀村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【後賀(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7045379 |





