五町田
【ごちょうだ】

旧国名:上野
榛名(はるな)山北麓,吾妻(あがつま)川中流右岸に位置し,東端を千沢川,西端を奥田川が北流する。地名はかつて4~5町で分村したことにちなむとも,条里制との関係によるとも考えられる(吾妻郡誌)。字金原から縄文時代・弥生時代の土器や打製石斧・蜂の巣石・石棒などが出土している。また字平五郎の源重塚や字高橋の経塚など円墳3基が確認されている。古くは箱島・新定利とともに南箱島と称され,のち分かれたという。榛名山北麓の原野が「万葉集」にも詠まれた榛原で当地に榛原の地名がある。地内南沢にある南沢寺には,文永12年の弥陀来迎絵の板碑,応永16年の五輪塔がある。金原の白狐城(金原城)は金原左衛門尉の居城と伝えられ,馬場・割町・湯殿などの地名が残る。
【五町田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【五町田(近代)】 明治22年~現在の東村の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7045421 |





