下早川田
【しもさがわだ】

旧国名:下野,上野
渡良瀬川流域に位置する。地名の「サガ」は逆流,「ワダ」は屈曲する地形からでた(館林市誌)といわれ,また西に接する傍示塚と関連し境田ではないかともいわれる(近代足利市史)。古くは大井田村と称し応永年間早川田左京之介という者が当地に住し,早川田村と改めたという(邑楽郡誌)。文明3年頃と推定される年未詳4月19日の印東氏常書状(高文書/栃木県史史料編中世4)の宛所早河田民部少輔は,古河公方足利成氏の家臣高師久にあたる。渡良瀬川北岸の字島ノ内は高氏の末裔佐河田氏の館跡といわれ天文22年ここに雲竜寺が創建された(邑楽郡誌)。
【下早川田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【下早川田(近代)】 明治22年~昭和59年の大字名。
【下早川田町(近代)】 昭和59年~現在の館林市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7045675 |





