反町
【そりまち】

旧国名:上野
大間々扇状地南方の微高地に位置する。北寄りに反町館跡がある。地名の由来についての伝承に,天正年間反町大膳が所在したとするもの(地名の研究),箕輪城主某が没落し,その家臣塚越・岡田・常見・斎藤の各氏が移り住み,往時反余に過ぎぬ微力ながらも1町に余る人づきあいをするというところから反と町を合わせ反町になったとするものがある(生品村郷土誌)。地内には原始・古代の遺物出土例があるが,遺跡は古墳時代以降のもので,字雁子から坏や壺が桃の種子を内蔵したまま出土した。反町館跡は中世平城館跡として県史跡の指定を受けている。照明寺に元亨2年3月22日の年紀を有する位牌があり,「妙光院殿蓮法大禅定尼尊位」と刻まれ,寺伝によれば新田義貞生母の位牌と伝える。
【反町村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【反町(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7045976 |





