高浜
【たかはま】

旧国名:上野
烏川中流左岸に位置し,同川支流高浜川が流れる。字欠上に高浜砦城遺構,字遠北に武田氏の臣大熊伊賀守陣所遠北陣所遺構がそれぞれある。なお,江戸初期と推定される年未詳8月3日の北爪右馬助覚書(南部文書/県史資料編7)に高浜戸張の地名が見える。高浜は板鼻城と箕輪城を結ぶ道の上にある。「簑輪軍記」によると,永禄6年の武田信玄による簑輪城攻めの際の布陣状況について「西は高浜・白岩・愛岩の原」と見え,松井田・安中(あんなか)に拠る武田氏方の軍勢が当地など簑輪城周辺に布陣したことがわかる(県史料集3)。
【高浜村(近世)】 江戸期の村名。
【高浜村(近代)】 明治2~22年の村名。
【高浜(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7046047 |





