七日市
【なのかいち】

旧国名:上野
長野県境に発する鏑(かぶら)川の中流左岸の河岸段丘上に位置する。北東境を流れる高田川の南を浅岡堰が流れる。地名の由来については,宇多天皇の御代のこと,勅使が鏑川まできたところ,満水で渡船が途絶し,やむなくそこに止ること7日に及んだとの伝承にちなむとも,「西方寺縁起」に「諸国大名並近隣道俗成市故七日市云」と見え,また椿森で古来物々交換の市を7日に開いたので七日市の名が起こったともいう(北甘楽郡誌)。旧中山道脇往還の南,鏑川との間には数基の古墳が存在した。特に陣屋南の御三社古墳,字舟久保の富岡5号墳は,その構造・出土品が注目された。
【七日市村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【七日市(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7046450 |





