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箱島
【はこしま】


旧国名:上野

榛名(はるな)山北麓,吾妻(あがつま)川中流右岸に位置し,東端を金沢川,西端を千沢川が北流する。昭和10年の県古墳調査では,小野金善の招魂墓と伝えられる諏訪の窪の五輪塚と薬師塚,十二の下の大塚・中塚・小塚,鳴沢の経塚の計6基が報告されている。古くは五町田・岡崎とともに南箱島と称したというが詳細は不明。延暦4年の藤原種継暗殺事件で,早良親王側に加担した桓武天皇の皇子小野金善が当地に流されたという伝承が残る。茅貝戸の万福寺跡がその居所と伝え,現在も寺屋敷の字名,金善の招魂墓という五輪塚や五輪塔,金善薬師の下に金善の泉,金善が創建と伝えられる宿禰大明神(現甲波宿禰神社)が地内の宮貝戸にある。中世には白井城主長尾氏領。16世紀後半には武田・上杉・北条の勢力の角逐の場となった。地内寄居(現在の東中学校一帯)に寄居城(箱島古城)址があり,千沢川沿いの傾斜地に遺構が残る。ほかに的場・馬場の地名もあり,原堰は当時の開削と伝えられる。長尾氏の出城(砦)で家臣寄居勘解由が在城したという。なお観応元年12月19日の藤原季長寄進状写(野村市郎兵衛氏所蔵文書/県史資料編6)に「□(寄)進 如意庵 上野国北筥島小野村内田野村在家壱宇⊏⊐〈作人弥二郎入道〉事」とあり,季長重代相伝の私領である当地小野村内田野村の在家1宇を如意庵に寄進している。前記の南箱島に対して,吾妻川対岸の現在の小野上村村上・小野子を北箱島と称したと伝え,小野村は小野子にあたるとも考えられる。
箱島村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
箱島(近代)】 明治22年~現在の東村の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7046634