浜川
【はまがわ】

旧国名:上野
榛名(はるな)山南東方の扇状地から烏川左岸の平坦地にかけて位置する。地名は,この付近を白川の水にちなんで浜川と呼んでいたことによるという(長野村誌)。小字道場は,中・近世期に時宗来迎寺の念仏道場があり,念仏踊りが盛んであったのでこの名がついたもので,江戸期には堂場とも書いた(同前)。戦国期箕輪城を築城した長野氏発祥の地で,出城・砦などが多い。長野を姓とする住民もいる。箕輪城主長野氏の菩提寺来迎寺境内の長野氏累代の墓地には,箕輪城築城以前の長野氏の墓碑30基があり,史跡に指定されている。小字館は長野隆業の居城のあったところで,浜川の北東部浜川の砦ともいった。このほか長野乙業の館跡,矢島の城跡,北爪の城跡,長町などがある。古代・中世の生活舞台は,東南部の水田・畑地付近であったと思われ,昭和51年度から実施された浜川土地改良区事業に伴う発掘調査では,弥生時代から平安期にかけての水田跡の矢島遺跡・御布呂遺跡・芦田貝戸遺跡・寺の内遺跡などが発見された。旧東山道も地内を通っていることが確認され,歴史的重要性が増した。
【浜河村(中世)】 室町期に見える村名。
【浜川村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【浜川(近代)】 明治22年~昭和30年の長野村の大字名。
【浜川町(近代)】 昭和30年~現在の高崎市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7046682 |





