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東明屋
【ひがしあきや】


旧国名:上野

榛名(はるな)山南東麓,烏川支流榛名白川中流左岸に位置し,中央を井野川が南流する。戦国期に西毛の豪族長野氏が当地に箕輪城を築き,天正18年井伊直政は箕輪城主12万石に封じられた。地名は,慶長3年井伊直政が居城を中山道和田宿(現高崎市)へ移したため,人家も高崎へ移動し当地はさびれて空家(明屋)になったことにちなみ,町人(商人)のいた地を西明屋,城の東の武家屋敷地を東明屋と呼んだ。箕輪城跡は47haに及ぶ広大な面積を持ち,山城から平城に移行する間の代表的な丘城であるといわれている。
東明屋村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
東明屋(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7046726