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湯ノ上
【ゆのうえ】


旧国名:上野

榛名(はるな)山東麓,唐沢川流域の扇状地に位置する。地名は,昔湯前薬師付近に湯が湧き出ていたことによるという。この湯は南北朝期に成立した「神道集」の「卌二ニ上野国第三宮伊香保大明神事」に「大宝元年辛丑三月十日ニ,水沢寺ヲ差出山ノ麓ニ立ル時,番匠共カ妻子等カ安旡ク衣装ヲ洗ケル,一人老女来テ,衆生利益ノ為ニ出サレタル,御湯ニシテ汚キ物洗フ間タ,此ノ湯ヲハ今少シ山深運ハントテ……本ノ伊香保ノ湯ニ出合ケルモ不思議也」とあり,また,「渋川市誌」に,越後の六部が諸国を巡礼中この湯で汚れた足を洗ったので湯が止まり伊香保に移ったといい,この2つの飛び湯の話が語り継がれている。地内には先土器時代~平安期の行幸田山遺跡,縄文時代~平安期の空沢遺跡・中筋遺跡,縄文時代~中世の城山遺跡,古墳時代~平安期の西前田遺跡などがある。鎮守甲波宿禰神社は「神道集」に伊香保大明神の守役,伊香保太夫の女房で「宿祢大明神」と記され,川島村の「四ノ宮甲波宿禰神社」とともに当地域特有の川を神とする神社である。村西の放射谷の末端丘陵には行幸田城や三重貝戸の砦があり,中世箕輪城主であった長野氏の支城として築かれたと推定される。地内には信玄橋や謙信橋があり,武田・上杉・北条各氏が争った激戦の地であった。三重貝戸の砦近くにはしびと沢などの地名が残っている。
湯上村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
湯ノ上(近代)】 明治22~28年の豊秋村の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7047326