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与喜屋
【よきや】


旧国名:上野

菅峰北西麓,吾妻(あがつま)川中流右岸に位置し,同川支流熊川が北流する。地名は,源頼朝が浅間狩りの時,谷を見下ろして「よき谷じゃのう」といったことから名付けられたとも,地内中央に与喜屋という地名がありこれが村名になったともいわれる。また,十二山神社の石祠には「元禄十三年十月吉日能谷村の内萩原村中」とあり,当地が熊川の深い谷間にあることから,熊谷が能谷と誤記されたという説もある。地内には縄文時代の下田遺跡・本村遺跡・上の平遺跡があり,土器・石器が多数出土している。また,前方後円墳の五輪塚古墳には,五輪石塔6基・きのこ石などがある。永禄・元亀年間頃海野幸光の領地,天正18年沼田城主真田信幸の領地と伝える。
与喜屋村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
与喜屋(近代)】 明治22年~現在の長野原町の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7047344