伊古
【いこ】

旧国名:武蔵
伊子とも書く。県の中央部,滑(なめ)川右岸の開析谷の低地と丘陵地に位置する。地名は地内の伊古乃速御玉姫(いこのはやみたまひめ)神社による。同社は「延喜式神名帳」の「比企郡一座。小。伊古乃速御玉比売神社」に比定され,社伝では24代仁賢天皇のときに蘇我石川宿禰の子孫が当地を開き同社を創設したと伝える。平安期には同社の存在などから,当地は「和名抄」の渭後(ぬのしり)郷か醎瀬(からせ)郷に含まれていたと推定される。地内には多数の溜池が点在し,縄文中期,古墳前・後期の集落跡の郭遺跡,古墳前・後期のイヤ遺跡,古墳後期の郭古墳群があり,鎌倉期(文永元年)から南北朝期(至徳元年)の年号在銘の板碑が3(4か)基,年代不明の板碑1基が現存する。
【伊子村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【伊古(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7047715 |





