平方河岸
【ひらかたがし】

足立(あだち)郡平方村(現上尾(あげお)市)にあった荒川の河岸場。当河岸の歴史は古く,「寺尾川岸場由来書」によれば,すでに寛永15年には存在していたことがうかがえる。その後も天和2年には,足立郡大和田村(現さいたま市)から,当河岸の問屋甚五兵衛を通じて,そだ・かやなどが江戸へ送られていた(島村家文書)。元禄3年「関八州伊豆駿河国廻米津出湊浦々河岸之道法并運賃書付」にもその名が見える。また「新編武蔵」には「此辺に河岸場あり,これを平方河岸と唱う,近郷より出す処の貢米或は商人の荷物を積て江戸へ運送す,常に船九艘を定めとせり,且荒川通船つとう所にて少しく賑わえる地なり,其開けし年代は詳ならざれど,寛文九年の川船運漕の定を記せし高札を建られければ,それより以前のことなること論なし」と記されている。上尾宿や川越(かわごえ)町,さらには周辺諸村の荷物を扱って繁栄していた様子がうかがえる。上尾・桶川(おけがわ)地方の特産品であった紅花の輸送にも使われた。明治7年の舟積問屋調べでは6軒の問屋が記され,創立はそれぞれ貞享4年・元文2年・文化2年・文化13年・文政5年・慶応4年と伝えている(県行政文書勧業部)。明治初年の「郡村誌」には荷船18艘と記されている。同16年の河岸場坪数は180坪(県行政文書土木部)。同年の高崎線開通により貨物は減少していったが,上尾・桶川・川越への陸上交通の要地にもなっていたので,明治末期までは河岸場の機能を保ち,大正末年になって最終的に廃止された。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7051504 |





