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二宮神社
【にのみやじんじゃ】


船橋市三山町にある神社。祭神は速須佐之男命・稲田比売命・大国主命・藤原時平公。中世以降は御山大明神(葛飾記)・三山明神・二宮大神と称した。現在でも一般的には明神様と呼ぶ。社伝では弘仁年間の創祀で嵯峨天皇の勅創と伝える。「延喜式」神名帳千葉郡条の「寒川神社」を当社とする説が一般的である。治承4年に藤原師経が当国に左遷された時に,その祖先の藤原時平を相殿に合祀したという。久々田・馬加などの近郷21か村の総鎮守といわれ,特に安産祈願のために参詣する人が多かったという。これはかつて馬加村の城主馬加康胤の奥方が懐妊11か月になっても出産せず,当社に祈念したところ無事出産したということによる。天正19年11月に徳川家康から朱印地10石の寄進があった(寛文朱印留)。別当は神宮寺,祠官は三山氏だった。天明元年に祠官三山氏から京都吉田家へ出した文書に「二ノ宮明神ノ儀ハ茂侶ノ神社ト申ス」とあると伝えている(千葉郡誌)。明治7年に郷社に列し,現社名に改称。また丑年と未年の7年目ごとに,子安社(千葉市畑町)・菊田社(習志野市津田沼町)・子守社(千葉市幕張町)・三代王社(千葉市武石町)・大原大宮社(習志野市実籾町)・時平社(八千代市)・高津比咩社(八千代市高津町)・八王子社(船橋市古和釜町)の神輿が集まり大祭が11月になされる(三山の七年祭)。例祭は10月16日で,1月14日には筒粥神事がある。祭神の藤原時平は菅原道真を左遷させた人物なので,当社の氏子が天満宮の社前を通ると,社殿は鳴動し馬上の人は落馬すると伝える(葛飾記)。「斎藤その女奉納句額」は市文化財。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7056381