神奈川県
【かながわけん】

明治元年~現在の県名。以前は,慶応4年3月19日設置の横浜裁判所,同年4月20日に神奈川裁判所,6月17日,府藩県三治制に基づき神奈川府となり,次いで9月21日神奈川県と改称。当初は,旧神奈川奉行所の管下および横須賀製鉄所を管轄(明治2年10月製鉄所を大蔵省に移管),ついで小田原藩の一部を所管した。廃藩置県後の府県再編成により明治4年11月14日,同県および六浦(むつうら)県(明治4年7月14日設置)を廃合し,改めて神奈川県を設置。県庁を横浜本町通に置き,相模国三浦・鎌倉の2郡,武蔵国橘樹(たちばな)・久良岐(くらき)・都築(つづき)の3郡および多摩郡内の一部を管轄。改置当初の管下戸数10万6,538,人口49万2,714(地方沿革略譜)。長浜県所管の旧彦根藩領である多摩郡下岡本村・鎌田(かまた)村など9か村(現在の世田谷区内)は同5年1月同県所管となる。同4年12月5日東京府に編入の旧品川県管下多摩郡のうち覚東(がくとう)村以下55か村(反別2,520町3反9畝11歩5厘―24か村分不明,高1万8,022石6升5合5勺5才)は,翌5年当県に管轄替えとなり,同年5月22日,東京府から同県に引き継がれた。旧品川県管轄地の分属は変転目まぐるしく,のちの東多摩郡地域(現在の東京都中野・杉並区の地域)の神奈川県編入は地理的にも不自然であるとする東京府側の反対陳情により,前記55か村のうち中野・高円寺・阿佐ケ谷(あさがや)村など32か村(反別2,571町7反3畝5厘,高1万1,783石1升4合9勺8才)は,同年9月10日,三転して同県から東京府へ移管(東京府史料)。同9年4月18日足柄(あしがら)県を合併,相模国全域を管下に加え,同11年郡区町村編制法公布後,多摩郡を西・南・北多摩郡に分割。管下の武蔵・相模国内は1区(横浜市)15郡となり,戸数14万9,621・人口73万4,296を数えた(地方沿革略譜)。明治26年4月1日,東京の水源管理,首都の整備などの理由をもって,18町160村,役場数153,反別12万70町9畝に及ぶ三多摩郡全域を東京府に移管(法律第12号―官報)。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7059551 |





