竹塚
【たけのづか】

旧国名:武蔵
竹ノ塚(田園簿・旧高旧領)・竹之塚(元禄郷帳)とも書く。日光街道の西に面する。真言宗西光院の開基河内与兵衛胤盛は化政期の名主久蔵の先祖で寛永7年8月12日死去という。久蔵の家伝によると,河内氏は千葉直胤の末葉で,小田原北条氏に仕え,下総国河内郡を領したがのち土着し,伊興(いこう)村氷川社の慶長14年の棟札に大旦主御代官河内与兵衛知親と記されるという(新編武蔵)。
【竹塚村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【竹塚(近代)】 明治22年~昭和7年の淵江村の大字名。
【竹塚町(近代)】 昭和7年~現在の足立区の町名。
【竹の塚(近代)】 昭和41年~現在の足立区の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7062221 |





