舎人
【とねり】

旧国名:武蔵
元禄15年の西門寺の庚申塔や「新編武蔵」には舎人町とある。しかし「田園簿」「元禄郷帳」「天保郷帳」はいずれも村名で記載。由来は当所に住し,付近一帯を所領としていた舎人土佐守にちなむという(新編武蔵)が検討を要する。なお,舎人土佐守は紀伊国高野山の過去帳によると永禄11年5月26日卒という(新編武蔵)。毛長(けなが)沼・毛長堀の西方,見沼代(みぬまだい)用水沿いに位置し,赤山街道が通じる。毎月27日が市日とされ,赤山に伊奈郡代陣屋があった頃は人馬継立村として栄え(新編武蔵),また荒川出水の折は中山道・日光街道を結ぶ人馬継立が行われた(府志料)。
【舎人村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【舎人村(近代)】 明治22年~昭和7年の南足立郡の村名。
【舎人(近代)】 明治22年~昭和7年の舎人村の大字名。
【舎人町(近代)】 昭和7年~現在の足立区の町名。
【舎人(近代)】 昭和44年~現在の足立区の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7062716 |





