霊巌寺門前
【れいがんじもんぜん】

旧国名:武蔵
(近世)江戸期~明治2年の町名。深川を冠称。寛永4年,霊巌寺の建立とともに起立。明暦の大火で類焼し,霊巌寺に伴い深川海辺新田のうちに移転。延享2年寺社奉行から町奉行支配となる。寛政3年霊巌寺表門前町・同裏門前町に分かれた。浄土宗道本山東海院霊巌寺は檀蓮社雄誉松風霊巌の開山。寛永元年御船手頭向井将監が八丁堀(中央区)東方の沼沢地を同時に寄進,同4年幕府から6町余の土地が与えられ,これを築き立てて霊巌寺が建立された。当初は寺領50石,深川に移転後は大島(おおじま)村のうちに50石を与えられ,寛文5年から朱印地となる。境内には松平定信の墓,地蔵坊正元の六地蔵がある。六地蔵は江戸六地蔵の1つで,第5番にあたる。「嘉陵紀行」に「檜門を入って向かいのかた,西むきに像を安ず。石垣のかまえ前の永代寺におなじ。ここにはことに大なる石燈籠二基あり,棹石に六地蔵をほりつく」とある。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7065392 |





