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足柄神社
【あしがらじんじゃ】


南足柄市苅野にある神社。旧郷社。祭神は瓊々杵命・日本武尊。「新編相模」には矢倉明神社と見える。社伝では天慶3年足柄山に奉斎され,治承4年石橋山合戦ののち矢倉岳に遷座し,鎌倉末期に現在地に移ったという。「古事記」景行天皇条に,日本武尊が東国平定ののちに足柄の坂本に至り,食事をしている所にその坂の神が白鹿と化して出現したとある。当社は足柄山の坂神・峠神として古くからおそれられ,また信仰されてきたと思われる。しかしその沿革には不明な点が多い。「梅松論」には,建武2年12月に新田義貞が足利尊氏を「足柄明神の南なる野」に陣を張って迎え戦い,その後矢倉岳に移るとあるが,「日域洞上諸祖伝」では「矢倉沢廟」の名が見えるので応永の頃までには現在地の矢倉沢村内へ遷座したとされる(地名辞書)。近世には郡中18か村の鎮守とされていた(新編相模)。神宝の飛礫は,昔祭神が矢倉岳より現在地に移る折,山から投げ下ろして鎮座地を決めた石と伝える。近世に流布したと思われる相模国の国名起源伝説は,足軽(柄)明神が亡き妻を形見の鏡に相模したためとされる(新編相模)。明治6年郷社に列格。昭和4年に足柄矢倉大明神社と改称し,同14年には足柄神社となった。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7065554