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大山寺
【おおやまでら】


伊勢原市大山にある寺。真言宗大覚寺派。山号は雨降(あふり)山。本尊は不動明王。正しくは「たいさんじ」といい,大山不動・石尊権現と通称される。開山は天平勝宝7年,東大寺初代別当で当国出身(近江説・若狭説もある)といわれる良弁(ろうべん)と伝える。「大山寺縁起」(続群27下)によれば,良弁は東国聖地巡礼の際,当地の人が当山頂から5色の光が発しているのを見て頂上に登り不動明王の石像を得たことを聞き,山頂に至り不動明王の出現を感得,不動明王像を彫り堂舎49院を建立。その後八大坊を開き当寺別当とし(新編相模),勅願寺として当国・安房・上総の調と正税を賜ったという(大山寺縁起/続群27下)。平安期の元慶3年地震により仏像・僧房等を多数焼失し,一時衰退。同8年比叡山五大院の安然が再興したと伝える(同前)。平安期の山岳仏教の流行に伴い修験道の影響を受けた。しだいに組織化されて山岳修行の中心道場となり,中世以降武家の帰依を受けるところとなる。元暦元年,源頼朝が免田5町・畠8町を安堵(吾妻鏡)。「新編相模」所載の当寺所蔵文書では高部屋郷内とするが,本文書は検討を要すると思われる。建久3年5月,後白河法皇の四十九日の法要を鎌倉勝長寿院で行った際,当寺僧3人もこれに加えられ,同年8月北条政子の安産祈願のため誦経を命じられた(同前)。鎌倉後期,鎌倉大楽寺住持願行が当寺に参じて,再興を発願し江の島弁財天に祈願して金を得,本尊を鋳造。また諸堂宇も再興し,中興開山とされる(本朝高僧伝・新編相模)。観応3年10月足利尊氏は当国丸島郷を寄進し(相文/県史資3上-4191),文和2年5月天下泰平の祈祷を命令(同前4228)。また同年6月楠木正成ら退散を祈願して大般若経を転読させた(同前4232)。応永7年6月関東管領上杉禅助(朝宗)が,護摩堂造営料所として当国蓑毛・田原の2郷を寄進(相文/県史資3上‐5263)。同19年沙弥道源が,糟屋荘内高森郷を寄せている(同前5449)。永享4年には鎌倉公方足利持氏が伽藍の造営をおこなった(同前5871)。このように南北朝期から室町期に足利氏などから保護され,寺運は興隆。足利氏の保護は当山の修験者が武の修練をつんでいたことから,武力的背景への配慮があったと考えられる(宮田登・宮本袈裟雄編:日光山と関東の修験道)。文明18年,京都聖護院の道興が当寺に寄宿(廻国雑記/群書16)。聖護院は本山派修験道の中心寺院である。戦国期には小田原北条氏から合戦勝利の祈祷を命じられ(相文1),当寺の学善坊なる山伏が北条氏直の出陣に,法螺貝を吹く役として従軍(北条五代記/史籍集覧5)。永禄年間に小田原北条氏より中郡高森郷に178貫余を給された(役帳)。天正18年4月,豊臣秀吉の小田原攻めの際,秀吉より掟書を,徳川家康より禁制が出された(阿夫利神社文書/県史資3下-9662・9698)。慶長10年正月,家康は当山の武力を分散させるため「無学不律」の僧に対して下山を命じ(相州大山縁起/大日料12-3),平塚の鶴峰八幡宮別当実雄を当寺学頭に招請。実雄が八大坊の住持となって以来,寺務が整備された(記略)。同年4月伊奈備前守忠次を奉行として堂宇の再興がなされ(新編相模),同13年10月八大坊硯学領として小蓑毛郷に57石,同15年7月には寺領として坂本畠屋敷72石余・子安内27石余あわせて朱印地100石を賜る(記略・寛文朱印留)。また寛永元年,黄金2,000両の修理料が下賜されるなど歴代将軍の帰依と保護を受けた(新編相模)。寛政3年の「寺院本末帳」(本末帳集成)には高野山末で,坂本の来迎院・観音寺等4か寺の末寺を擁すると記す。当山は雨乞に霊験を示すことから近隣の百姓の信仰を集め,江戸期には大山講が関東・東海一円に組織された。奥の院(阿夫利神社)に安置する石尊権現を6月27日~7月17日までに参拝することを大山(石尊)詣といい,江戸中期には江戸市中の信者が中心となり特ににぎわいをみせた。「新編相模」によると,江戸から18里余で登りが凡3里,坂本村から22町登って前不動堂,さらに18町登って不動堂,山頂に28町登って石尊社に至る。女人の不動堂への日帰り参拝は許されたが,不動堂から石尊社までは女人禁制であった。当時江戸から当山にもうでるには,江戸隅田川両国橋で水垢離(みずごり)をとり白衣を着用し先達に従って出発。この道筋を大山街道という(新編相模,桜井徳太郎:祭と信仰)。当山への登山口にあたる坂本は門前町として栄えた。明治維新後,神仏分離により寺号は廃され,阿夫利神社が独立。諸堂が撤去された当寺は,末寺来迎院に移り宝珠山明王院と号していたが,大正5年に旧寺号に復し(明治維新神仏分離史料),真言宗大覚寺派に属し現在に至る。寺宝に鎌倉期作の鉄造不動明王及二童子像(国重文)・五大明王等の仏像,良弁絵巻物2巻・大山不動霊験記14巻等を所蔵する。




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「角川日本地名大辞典」
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