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白幡八幡大神
【しらはたはちまんおおかみ】


川崎市宮前区平にある神社。旧郷社。祭神は応神天皇・玉依姫命・神功皇后。近世期には八幡宮・源栄山白旗八幡と称していた(新編武蔵)。社伝によれば,天喜4年勅命により源頼義が奥州合戦に向かう際に,八幡神の加護を祈念し,10里ごとに八幡祠をたてることを誓約した。康平4年に凱旋した際,八幡神を勧請したうちの1社が当社であるという。その後源頼朝が建久3年に再建したと伝える。ただし「新編武蔵」では,源頼朝が奥州合戦に勝利できたので,建久3年に八幡神を勧請したのを創祀とし,2つの説がある。その後近隣の下菅生村・馬絹村・宿河原村などに当社の分霊を奉斎するようになり,そのため稲毛総社八幡宮と称せられた。近世期には平村の総鎮守とされ,特に徳川家康は天正19年に武運長久の祈祷を行い,神供免田として70石余の朱印地を寄せたと伝える。徳川秀忠も慶長5年に関ケ原出陣に際して祈祷を行い,神楽を興行し,神器などを寄進したという。さらに同19年にも前例により祈祷を行い,凱旋後は銀子を賜ったという。その後社殿焼失により70石の朱印地は収公されたが,当社の申請で神供免田3石余が寄進されている。神主家は小泉氏で,村内の八幡社・天神社・稲荷社などの神職を兼任していたという(以上新編武蔵)。現存の神像は享保12年のもの。明治6年郷社に列格。現社殿は昭和48年の再建。3月初卯日には八幡講と称する初卯祭があり,ワラで作った大蛇を鳥居に飾る。また「新編武蔵」にも見えるように,当日は射術が行われ,7歳未満の長男2名が射手となって的を射る。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7067414