土肥
【どい】

旧国名:相模
箱根山地,千歳川下流左岸に位置する。静岡県土肥町を西土肥と称したのに対し,当地は東土肥と称された。現湯河原町の旧称で,江戸期には,吉浜・鍛冶屋・門川・堀ノ内・宮上・宮下の各村を土肥六か村と称し,古くは岩・真鶴(まなづる)・福浦の3か村をも含んだという。また土肥六か村を土肥筋とも称し,延宝6年までは小田原藩の藩境として重要視された。「永代日記」によれば,正保3年2月には藩主稲葉正則自らが土肥筋を廻村している。また同じく承応2年7月根府川で鹿狩を行った際には土肥筋百姓285人を動員しており,寛文元年9月には土肥筋へ蜜柑検見役人を派遣したりしている。
【土肥(古代)】 奈良期から見える地名。
【土肥郷(中世)】 平安末期~戦国期に見える郷名。
【土肥村(近代)】 明治22年~大正15年の足柄下郡の自治体名。
【土肥(近代)】 昭和45年~現在の湯河原町の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7068058 |





