米山寺
【べいさんじ】

旧国名:越後
柿崎川支流米山寺川流域。地名の由来は,古来米山薬師と深い関係を持つ米山寺によると思われる。小字「おたて」は戦国期の御館跡と伝えられ,土塁・空堀・井戸跡を残している(県遺跡地図)。戦国末期頃の年未詳正月28日付本願寺印判状写によれば本願寺に懇志の銭50疋を上納した村の1つに「ヘイ山寺村」が見えている(本覚坊文書)。「慶長国絵図」では,米山寺村に「是ハ田地無之候,古来ヨリかんだう川ノ地入作ニ仕候」とあり,米山寺川上流に「かんどう河村」(神戸川村)が見え縄高127石余とある。
【米山寺村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【米山寺(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7077763 |





