六万部
【ろくまんぶ】

旧国名:越後
潟町砂丘潟湖群の南東。真宗大谷派徳生寺はもと真言宗大乗寺の別院。大乗寺は天福2年,弘仁大師の開山になる古刹。永禄3年兵火にて焼失,焼失を免れた別院徳生寺が後世に続く(県寺院明細帳)。「慶長国絵図」では六万部村の東方に,深沢村からの道の先に「岩の入村」(30石余)が描かれている。六万部村・岩野入村の両村は慶長年間,石野兵左衛門(藤原右近の子)の開発といわれる。のち岩野入村は六万部村に吸収される。現在小字岩ノ入沢にあたる。
【六万部村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【六万部(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7079400 |





